第110回直木賞候補作品です。
私にとって初の内田春菊作品。
内田春菊さんの顔も名前も知っていたけれど...今まで読む機会がありませんでした。
しかし内田春菊さんが昨年5月の『ネコメンタリー 猫も、杓子(しゃくし)も』に出演しているのを見て、春菊さんになんだか興味が湧き、作品を読んでみようと思いました。
ファザーファッカー 感想
「私は、よく娼婦の顔をしているといわれる」というインパクトがある書き出しから始まる、内田春菊氏の自伝的小説。
ご本人がインタビューで「ほぼ実話」と答えている。(登場人物の名前は変えている。)
元々、機能不全家族だったように感じたが....養父と暮らすようになってからが特に壮絶。
家族の中で静子(作中での春菊氏)だけが標的になっていくのだが、子供心に「母だけは味方してくれるはず」と思っては何度も裏切られてしまう。
それだけでも子供にとっては絶望で、とても辛い出来事なのに...養父からの暴力と性暴力。
少女の傷を思うと苦しくなる。
静子にボーイフレンドが出来たあたりの後半部分からは、畳みかけるようなスピードで展開し、意識して呼吸をしないと本当に息苦しくなるほどだった。
養父はもちろんのこと、全てを知っていたのに娘を守らなかった母親には怒りと軽蔑しかない。
途中、静子が妊娠して中絶する描写がある。
私が学生の頃、何人かの知人から中絶した話を聞いたことがあるが、彼女たちの全てのボーイフレンドは、作中の静子に対するボーイフレンドの態度と同じだった。
人工妊娠中絶において、心身ともに深く傷つくのは、絶対に女だけである。
ここから少し自分語りになってしまうけれど...私がまだ幼い頃、実母の再婚相手はよく私をくすぐった。
その時、必ず私のふくらみかけた乳を揉んだ。あれは絶対にわざとだと私は今でも思っている。(母には言っていない。)
その再婚相手と母は色々な都合で別居婚だったため、私はあまり再婚相手とは会わないようにしていたし、のちに母は離婚したのでそれ以上のことはなかったけれど。
そして私も静子と同じ16歳の頃に家出した。
私は虐待こそされていなかったけれど...とにかく母との折り合いが悪かった。
加えて、離婚・再婚を繰り返す母を心のどこかで軽蔑していた。
母と顔を合わせれば、殴り合いの喧嘩になる日々。
居心地が悪く居場所のない家が嫌になり....ある夏の日、母との口論中に逃げるように裸足で家を飛び出した。
その時の空の青さはまだ覚えているし、心の底から「自由だー!!!!」と感じた。
私は裸足のまま公衆電話を探し、当時の恋人に電話した。
彼は安い靴を買ってすぐに迎えに来てくれた。
それから私は...野宿をしたり、恋人・知人の家などを転々とした。
けれど若く経済力がなかった私は2か月ほどで家に戻り、働いてお金を貯めて2年後に正式に家を出た。
春菊氏のリアルな描写と共に、そんな胸がチクチクする遠い昔のことを思い出しながら読んだ。
静子の悟ったような諦めたような淡々とした感じが、とても切なく苦しいのだが...同時にそれが、ほんのわずかな救いのような気もした。
きっと「普通の家族」というのはとても難しいのだろう。
もちろん静子の家庭は大きく壊れていて狂っていると思うが、なんの問題もない家庭の方が少ないのかもしれない。
読んでいる途中はとにかく苦しく、読後の後味も悪い。
だけど、私はこの本を読んでよかったと思う。
(#内田春菊 #暗い話 #家族の話)